仏教の開祖・釈尊は、三五歳で悟りを開いてから入滅するまで、非常に多くの教えを説いたが、自ら書き残したものは何もない。
釈尊が亡くなってから、弟子の一人一人が自分が聞いた教えを広く人々に伝えた。しかし、伝えてゆく間に、聞き違いや覚え違いがあることに気づき、釈尊の死後何年も経ってから、弟子たちが覚えている教えを書きまとめた。ところが、でき上がったものの、釈尊のことばだけでは十分ではないと思った高僧たちが、注釈や解説を書き始め、仏教の分裂する一因となった。南方インドではパーリ語で伝わっているのに対し、北インドではサンスクリット語で書かれている。一世紀頃から、サンスクリット(梵語)の経典が中国に伝わって、解釈をさまざまに難しく漢訳されたものが、今日「経典」といわれるものである。
三種類の聖典があり、「経蔵」、「律蔵」、「論蔵」の「漢訳三蔵」という。この中の経蔵が「お経」といわれるものである。「般若心経」「妙法蓮華経」「阿弥陀経」など多くの経典が含まれている。律蔵は、釈尊が弟子のために制定した、日常生活の規則で、論蔵は、経と律についての後世の解説、注釈書の集成である。
わが国では広く解釈され、「論蔵」に中国の高僧や日本の宗祖による多くの書物を加えて「聖典」とする。和訳は最近になってから、特に昭和二十年以降始められたが、経典全体から見れば、まだわずかである。釈迦の時代には宗派などはなかった。しかし、釈迦入滅後100年頃から、インドでも分派ができ、小乗20部といわれた。
大乗仏教が中国に伝わると、学問的にされ、解釈の違いによって宗派ができた。
日本では、初めて伝来した538年から奈良時代までは宗派がなかった。しかし、奈良時代に入ると、中国から六つの宗派が入ってきた。法相宗、三論宗、華厳宗、律宗、倶舎(くしゃ)宗、成実(しょうじつ)宗で、うち三つが現存している。
平安時代になると、日本人の僧侶によって二宗が開かれた。伝教大師最澄の天台宗と、弘法大師空海の真言宗である。鎌倉時代までに、浄土系四宗と禅系二宗、日蓮系七宗が開かれた。江戸時代初期に禅系黄檗(おうばく)宗が加わり、現在の十三宗になった。
思想・経典 宗祖 大本山 法相宗
唯識思想=一切万物が自分の心
『法華経』慈恩大使
窺規(きき)
(632〜682)興福寺
薬師寺華厳宗
縁起思想=あらゆるものは縁で起こる。
万物が調和して存在する。
『華厳経』良弁(ろうべん)
(689〜773)東大寺
律宗
戒律を尊重する
鑑真和上
(687〜763)唐招提寺
浄土宗
「南無阿弥陀仏」を唱えれば浄土に生まれられる。
『仏説無量寿経』、『仏説観無量寿経』
『仏説阿弥陀経』、『般若心経』法然
(1133〜1212)知恩院
浄土真宗10派
阿弥陀仏の力を疑わない誠の心も、仏を求める心も念仏も、全て阿弥陀仏の力による。
経典は、般若心経を除き、浄土宗と同じ。親鸞
(1173〜1262)東本願寺
西本願寺融通念仏宗
一人の念仏の功徳には多人数の念仏の功徳が入り、多人数のが一人に帰って、互いに融通し、往生の機縁となる。
良忍
(1072〜1132)大念仏時
(大阪)時宗
「六字名号一遍法」六字名号は全てに通ずる法である。念仏によって現世で浄土往生できる。
踊り念仏は、喜びを踊りにしたもので、盆踊りのもとといわれる。
『金剛般若経』、『観経疏』一遍智真上人
(1239〜1289)清浄光寺
臨済宗
座禅で人間の真実、宗教的人格を実現する。
『金剛般若経』、『般若心経』
『大般若理趣分』臨済義玄
(?〜867)大徳寺
円覚寺
妙心寺など曹洞宗
座禅そのものが、心身脱落、自由自在の姿である。
『般若心経』道元
(1200〜1253)永平寺
総持寺黄檗宗
座禅で、自己の内に阿弥陀仏を発見することで、仏と同じ境地を体得する。
中国僧隠元
万福寺
日蓮宗
法華経こそが末世に悟りと救いをもたらす。
『妙法蓮華経』、『無量義経』、『観普賢経』日蓮
(1222〜1282)身延山久遠寺
天台宗
法華経の思想に基づいて、全てのものの真実を突き止め、そこに生きる。
一切空であるが、仮であり、中である。
『妙法蓮華経』、『大日経』、『仏説阿弥陀経』
『般若心経』、『梵網菩薩戒経』最澄
(767〜822)延暦寺
真言宗
大日如来のことばが真実とする。
心とことばと身体の統一で、苦の原因を除き、人生の真の意味を見出そうとする。
大日如来と一体となり修業すれば仏となれる(即身成仏)。空海
(774〜835)金剛峰寺